2012年5月10日木曜日

Songs For 4 Seasons:六月をテーマにした歌



昨日も書きましたが、今日もまず同じことから。この曲の歌詞には性的な暗喩があります。未成年の方はいまこのページを閉じてください。その種の歌詞を好まない成人の方にも同じことを申し上げます。

◆ さらに熱は昂まり…… ◆◆
さて、まず、構成の解釈を訂正します。昨日、ブリッジと書いたところはコーラスで、それまでのすべてをファースト・ヴァースと捉えたほうがいいようです。一連にしては長すぎるのですが、いつも話の長い人ですから(いや、わたしじゃなくて、ボビー・ゴールズボロのことです)、そう考えたほうがいいでしょう。

したがって、以下は昨日の解釈ではサード・ヴァースになりますが、訂正して、セカンド・ヴァースということにします。

The sun closed her eyes
As it climbed in the sky
And it started to swelter
The sweat trickled down the front of her gown
And I thought it would melt her

She threw back her hair
Like I wasn't there
And she sipped on a julep
Her shoulders were bare
And I tried not to stare
When I looked at her two lips

「陽が高くなり、彼女は目をつぶった、うだるような暑さになり、彼女のガウンに前にぽつぽつと汗のしみができ、それが彼女を溶かしてしまうのではないかと思うほどだった」

「ぼくなどいないかのように、彼女は髪をうしろにふり、ジューレップを一口すすった、(話を聞くために)唇を見るときに、ぼくは彼女のむき出しの肩を見つめないようにした」

テキサス・ローン・スターのあるフロント・ポーチ

ファースト・ヴァースですでに43度、さらに陽が高くなったら、ポーチにもいられないだろうと思うのですが、まあ、20小節以上前のことですから、気にしない気にしない。ここで気にしなければいけないのは、「汗」と「溶ける」だけです。そろそろある気配がしはじめています。

後半では、ジューレップ(もちろん、ミント・ジューレップでしょう)という飲み物で、また南部の雰囲気を強調しています。いや、そんなことはどうでもいいというか、性的暗喩だとしても、ひどく迂遠なもので、直後に、もっと直接的なことがらが出てきます。でも、すでに日本語にしたし、だれにでもわかる状況ですから、贅言は弄さず、つぎに進みます。


あ、でも、せっかく検索したので、書いておきます。このジューレップのレシピのページの右側、ジューレップの写真につけられたコラムは、ちょっとニヤッとします。酒飲みの馬鹿話ですが。

もうひとつ、レイ・チャールズがOne Mint Julepという曲をやっていましたね。わたしはヴェンチャーズ盤で知りましたが。いま、HDDを検索すると、ほかにドゥエイン・エディー、ブッカー・T&ザ・MG's、クローヴァーズのヴァージョンがありました。うちにこれだけあるくらいだから、ほかにもかなりの数のヴァージョンがあるでしょう。

寄り道おしまい、セカンド・コーラスへ。

And when she looked at me
I heard her softly say
I know you're young
You don't know what to do or say
But stay with me until the sun has gone away
And I will chase the boy in you away


「彼女はぼくを見て静かにいった、あなたが若くてなにを言えばいいのか、なにをすればいいのか知らないのはよくわかっている、でも、日が沈むまでいっしょにいてくれれば、あなたのなかの子どもを追い払ってあげるわ」

女31歳、怖いものはないというか、ずいぶんはっきり言うものです。こうまでいわれたら、17歳としては、まな板の鯉、日が暮れるまで待つしかないでしょう。

◆ トリッキーなブリッジ ◆◆
以下のパートは、構成上、なんと名づければいいのかよくわからないのですが、ヴァースともコーラスともちがうメロディーなので、ブリッジとしておきます。

And then she smiled and we talked for a while
And we walked for a mile to the sea
We sat on the sand, and the boy took her hand
But I saw the sun rise as a man


「そういって彼女はほほえみ、ちょっとおしゃべりをしてから、1マイル歩いて海へ行った、砂に腰を下ろし、少年は彼女の手をとった、でもぼくは男として陽が昇るのを見た」

えー、ここではややトリッキーな表現が使われています。わたしの駄訳は、日本語として変だと感じられたでしょうが、それはわたしの表現が下手なだけでなく、ライターのトリックを反映しようとしたためでもあります。


ここまでは一人称だったのに、いきなり三人称的な「少年」boyが登場して、なんなんだ、と思いますが、これは、彼女が「追い払ってやる」と宣言したboy、つまり、語り手のなかの幼い子どもの部分です。子どもっぽい気持ちで彼女の手をとった、と解釈しておけばよいだろうと思います(例によって、背中からのひと突き、大歓迎です)。

そして、つぎのラインで、「男」manとして太陽が昇るのを見た、わけですが、陽はすでに十分に高く昇っているはずですよね。1マイル歩いたのだから(43度のなかを歩いたら、ふつう、死ぬだろうとは思いますが、それはさておき)、どちらかというと、そろそろ日が暮れかかる時刻でしょう。だから、これはじっさいの太陽のことではないと解� ��するのが妥当だと思います。男として目覚める、といったあたりでしょう。

そんなあいまいなことではなく、もっと肉体的な方向に想像をふくらませた方もいらっしゃるでしょう。正解、と思います。「そのこと」を、歌として可能な(エアプレイを考慮しての)ぎりぎりの表現をしたラインだと考えます。じっさい、ここでサウンドはドーンと盛り上がります。ティンパニーがクレシェンドで入ってきちゃいますからねえ、どんなにおくての人でも、ああ、そういうことか、とわかる仕掛けになっているのです。


このあとは、昔の映画によくあったような、キスしながらベッドに倒れていくところまでを見せて、画面溶暗という感じで、ストリングスの間奏に突入します。想像しなさい、ということです。

間奏のあとにまたヴァースがあり、あれは十年前のことだった、いまでも彼女の指の感触が残っている、といったような回想の言葉が加えられています。ひょっとしたら、Honeyのように、もっとずっと長い歌を縮めたのかもしれない、という気がしてきます。後日談があるのではないでしょうか。たぶん、悲劇的な。

かくして、ファースト・ヴァースにもどり、それは六月最後の暑い日だった、とくりかえし、フェイドアウトします。


ちょいと恥ずかしいので、歌詞の内容にパーソナル・コメントはあまり加えませんでしたが、見りゃわかる、というヤツで、よけいなことはいう必要がないでしょう。それがいいことかどうかはべつとして、70年代に入ると、歌詞が描き出す世界は多様化し、よりリアリティーのある人物像を形づくるようになっていった、ということは、この歌詞からもうかがえるでしょう。

◆ 43度にはほど遠く ◆◆
サウンドの検討をしなければいけないのですが、盤がどこかに消えてしまい、データを確認することができないので、プロデューサー、アレンジャー、エンジニア、スタジオなどはわかりません(ご存知の方、どうぞご教示を)。よって、耳から聴いたことと、記憶に頼ったエピソードでお茶を濁します。

ヒット当時にも思ったのですが、呪文のように繰り返されるピアノ・リックが印象的です。F#-B-A-C#-B-E-D#(すみまません、半角記号の都合で、フラットにしたほうがいいところもシャープにしました)という、ジグザグに上昇する音階をストレートに16分で弾いているだけなのですが、なかなか効果的で、なにかが起こりそうな予感をさせる音です。

73年ですから、もうひどい録音というのもめったになくなった時期で、この� ��のサウンドもけっこうなスケール感がありますし、アコースティック12弦のコードもいい音で鳴っています。華氏110度などというホットな音ではなく、ミント・ジューレップのようにさわやかなサウンドで、夏向きの音です。

でも、ビルボードでピークに達したのは11月のことです。以前にも書きましたが、こういう風に、歌詞がいっている季節と、リリースおよびヒットの時期がズレるのはままあることです。

◆ 外からは見えない録音環境の問題 ◆◆
ボビー・ゴールズボロの録音については、こんなエピソードを覚えています(資料を確認せずに、記憶で書きます。あしからず)。

はじめのうち、彼はニューヨークで録音していました。ある曲の録音で、「さる高名なジャズ・ギタリスト」に向かって、ここのところは、そうではなく、こんな感じで弾いてくれないだろうか、と注文をつけたら、「そんなにギターのことがよくわかっているなら、自分で弾け」と拒否されたのだとか。


これでNYに嫌気がさし、ゴールズボロはナッシュヴィルで録音するようになったのだそうです。外からはわからないこういうスタジオの空気というのが、60年代なかばに、ニューヨークが音楽都市として大きな地盤沈下を起こした最大の原因だろうと考えています。素人がスタジオを闊歩する時代に対応できなくなったのです。

となれば、Tシャツとジーンズでスタジオに来る連中、レッキング・クルーの出番となるわけですが、彼らがいかにイージーでフレンドリーだったかは、またべつの機会に書くことにします。

◆ レモン絞りの歌、コーヒー挽きの歌 ◆◆
最後に、ちょっとだけ無駄話。nk24mdwstさんがコメントで、映画の倫理規定にふれていらっしゃいますが、たしかに、映画界もポピュラー音楽界も非常に幼稚だったと思います。nk24mdwstさんの専門分野のほう、といってもFZではなく、ブルースのほうですが、あちらの世界では、戦前からかなりすごい歌詞がいっぱいあったわけで、メディアにのるときに、そういうものはみな「殺菌消毒」されてしまったのです。メディアというのはそういう性質をもっているからです。落語だって、バレ噺というのがたくさんありますが、お座敷でしか聴けなかったりするわけですよね。たまに寄席でもシモがかったことをいう人はいますが、それがメディアにのることはめったにありません。

たまたま、ルーツ・ミュージックを扱っている海外の� �ログで、そういう、メディアにはのらない戦前のブルースばかりを集めた盤があることを知りました。タイトルを見ただけで、これはちょっと、と思うようなものが並んでいます。日本の祭りや踊りなどにもしばしばそういうものがありますが、メディアが発達する以前は、むしろおおらかにやっていたわけで、70年代の変化というのは、新しいことではなかっただけでなく、なんだか生ぬるいものだったような気がしてきます。

出るぞ、出るぞ、と騒いでしまいましたが、この曲なんか、むしろ青春ものの範疇で、ほんとうの大人の世界は、Let Me Squeeze Your Lemonとか、Ain't Got Nobody to Grind My Coffeeとか、Banana in Your Fruitbasketなんてタイトルだったりするのです。



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